100年 MUSIC featuring Artist

Vol.4 山下達郎

「音楽はどこまで人の心に寄り添えるのか。
その問いに対するひとつの答え」

 昨年10月30日・31日の2日間、ワーナーミュージック・ジャパンの創立40周年を記念したライブ・イベント<100年MUSIC FESTIVAL>が、日本武道館を舞台に開催された。山下達郎はまず30日に、竹内まりやとシークレット・ゲストという形で出演し、エヴァリー・ブラザーズの「Let It Be Me」をデュエット(この曲は竹内まりやが18年ぶりにライブ復帰した10年前の武道館で披露されたもの)。そして31日の本出演では、デビュー35周年にして初めて武道館で自身の曲を演奏した。
 因みにこのライブはワーナーミュージック・ジャパンの吉田社長が亡くなった3週間後の開催とあって、とりわけ親交の深かった山下達郎は追悼の意を込めた"魂の演奏"を展開。キレ味鋭い「SPARKLE」に続き、新作『Ray Of Hope』の核とも言えるバラード「希望という名の光」の途中では思いを語る場面もあったのだが、そのときの言葉が今も頭から離れない。正確ではないが、大意としては次のようなものだ。
 「音楽は人を幸福にするためにある。でも人生は楽しいことばかりじゃないし、音楽が力になれないこともある。本当に悲しいとき、本当に辛いとき、音楽は無力です。35年間、そのことと向き合って歌ってきました」
 「願いはいつも叶うものじゃない。人生はそんなに甘くない。でも、だからこそ助け合って生きていきましょう」
 そこから約半年が経って「3・11」があり、その言葉はより一層心の深いところに響いてくるものとなった。「3・11」以降、多くのミュージシャンや何らかの形で音楽に関与する全ての人が"そのこと"について考え、向き合ったに違いない。「音楽に何ができるのだろう?」「音楽の力とは?」と。
 6年ぶりとなる新作『Ray Of Hope』は、ズバリ、その問いに対する山下達郎なりの答えであると言っていい。
 ということで、昨年10月の<100年MUSIC FESTIVAL>まで遡って話を聞こう。

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――あの日の達郎さんの言葉がずっと頭から離れなくて、特に「3・11」以降、そのことについてより深く考える日々が続きました。
「あの日(=武道館の2日目)、本当はMCも何もしないで、曲だけやって帰ろうと思ってたんですよ。けど、前の日にシークレットで出たときに、(ワーナーの)社員の持っている空気というものをすごく感じたんですね。ワーナーミュージック・ジャパンで、僕は全スタッフ、全ミュージシャンのなかの最年長なんですよ。そういう意味ではやっぱり年長者として何かコメントしたほうがいいかなって思ったんです。だからあれは、観客に向かって言ってるというより、むしろ社員とかミュージシャンに向けて発した言葉だったんだけど。特に今はレコード会社とかパッケージ・メディアがいろいろ難しい問題を孕んでいるときでもあるから。ミュージシャンにしても、これからどうやってやっていくのかとか、いろいろ不安を持ってますからね。
 ライブのあとに打ち上げがあって、そこでもなんか喋れって言われたから、こう言いました。レコード会社もこの先どうなるかわからないけど、でも音楽がなくなるわけではないんだと。音楽は絶対になくならない。音楽という表現を人に届けようとする衝動は絶対になくなるものではないんだから、それがある限り、音楽は続けていけるんだと。それはまぁ、自分に対して言ってるところもあってね。吉田君のことは僕にとっても大きなインパクトがあったから。亡くなる1週間前に僕のライブに来てくれてたしね。そういうこともあったので、音楽が人の心にどうやって入っていくのかとか、そういうことをしばらく考えさせられて。救えはしないんですよね、音楽では。音楽は人を救えはしないんだけど、だけど、人の心を安らかにする手伝いはできるんじゃないか、どうなのか。そこは今、問われていることだと思うので」
――『Ray Of Hope』というアルバムは、そのことに対する達郎さんなりのひとつの答えであると思うんですが。
「うん」
――もともと、去年の段階で一度ほぼ完成していて、そこからさらに作業を続けられていったなかで「3・11」があった。あの日を挿みながら、どのようにしてこのアルバムという"答え"に辿りついたのか、それを話していただけますか?
「音楽というのはね…、あ、音楽に限らず文化表現というものは、基本的には平穏で平和な時代じゃないとできないんですよね。で、その人の、少なくとも肉体が健全じゃないと、なかなか難しい。片腕切り落とされて音楽は聴けないし、盲腸のときにも音楽は聴けないし。また、内戦に明け暮れる環境では、アメリカ的な意味での文化表現はできない。経済的にも精神的にもある程度の安定性がないと、音楽を含め文化表現はできないんですよね。で、平穏な音楽っていうのはまぁ、それでもやれないことはないけど、特にアヴァンギャルドなもの、実験的なものっていうのは、平和が前提じゃないとできない。アヴァンギャルドにもふたつあるんですけど、現代音楽とか実験音楽、そういう先進国でのアヴァンギャルド表現っていうのは、基本的に政治経済の安定基盤や既成概念に対してのアンチテーゼだから。僕のやっているのは基本的に大衆音楽もしくは商業音楽というものなんだけど、コマーシャル・ミュージックっていうのは人の生活に奉仕するものだと僕は思ってずっとやってきたんですよね。特に僕のやってるのはミドル・オブ・ザ・ロード、中庸の音楽なので、人の心にどう寄り添うとか、喜怒哀楽をどうフォローアップするとか、そういうことのためにある音楽で。
 だけど本当に落ち込んだときとか、本当に辛いときっていうのは、文化というのは実はあまり力にならない。僕も今までたくさんレコードを聴いてきましたけど、本当に煮詰まったときに聴けるアルバムってせいぜい1枚か2枚。できるならばそういうものを自分が作れればいいと思うことはありますけど、それは本当に難しい。好みは人それぞれなので。ある人にとって魂が震えるほどの感動作が、ある人にとっては雑音でしかない、なんてこともあるわけで、1億人の日本国民を満足させる音楽は、ないと言っていい。
 それからもうひとつの意味でのアヴァンギャルド・ミュージックとしては、社会の最底辺にいる人間や社会からはみ出した人間の反抗武器としての音楽。グランジとかパンクとかいうようなね。でもそれさえも、今のように自然災害だ原発だっていうときには、なかなか有効には機能しえない。こういう時代は、本来の文化表現としての根源、人の心に奉仕し、寄り添っていく、そういう責任が増大すると僕は思っていて、それがこのアルバムに関しての制作方針の全てです。だからネガティヴな曲はひとつもない。基本的に前向きな内容の曲で統一しようという意志が明確にありました。
 当初は『WooHoo (ウーフー)』というタイトルでこのアルバムを作っていて、そのときのジャケットは、今回と同じ楽器のコラージュではあるんですけど、人の顔だったんですよ。人が笑っている、ちょっとコミカルなものだったんですが、それだと今の時代にそぐわないかなと思い、手のデザインに変えたんです。曲によって歌詞を多少変えたものもあるし、人を失った暗い内容の歌もあったんですけど、それはやめました。ロストな歌は今にそぐわない。こういう時代は柔らかいもののほうがふさわしいし、そういうものを作るのが今の自分のなすべき仕事だと思って、それでこういう内容になったんです」
――「3・11」があってから、わりとすぐに"自分の作るべきものはこういうものだ"って見えた感じだったんですか?  それともしばらくの間は揺れや葛藤があったりもしましたか?
「まぁ、もともと僕は、そんなに過激なものを作ろうと思ったことはないんでね。3・11の当日は、レコーディングをやってたんですよ。"MY MORNING PRAYER"という曲の元の形のもので、それ、ギター・リフから始まる賑やかで明るい曲だったんですがね。でもそれを全部捨てて、そこから10日くらいで曲を書き直してレコーディングしたのが、この"MY MORNING PRAYER"。そういうことはしました。自分にしちゃ、ちょっとストレートな曲なので、裸を見られてるみたいで恥ずかしいところもあるんだけど、これもまぁ人生かなと。だからこれは3・11があったことでこうなった曲ですね。
 あと具体的な話をすると、3月は電力事情が本当に酷くて。117ボルト出るところが、113ボルトしか出ない。電圧が下がると、機材がトラブるんです。で、シンセはホントに壊れちゃって。"MY MORNING PRAYER"はそういう環境下でレコーディングしていたので、当時のTV用ヴァージョンをアルバムに収録するにあたって、ストリングスとヴォーカル以外全部録り直して。そういう物理的な部分では苦労しましたね。
 で、気持ちの面では…、そうそう、3月14日だか15日に知人から連絡が来て、明日、原発が爆発するって言うんですよ。これは非常に確実なところからの情報だって言われて。知り合いのミュージシャンや医者や代理店のオヤジが家族を連れて大阪や博多に逃げ出していると。だけど僕は仕事があるから逃げるわけに行かない。で、翌日は自宅待機ってことになって......。結局、それはデマだったんですが、かなりニュースソースとして確度の高いところからの情報だって来たわけで、何だよ、それでこの体たらくかよと。僕はそこで腹が据わった。オレは絶対ここから逃げないぞ、ってね。この先自分はどういうふうにやって行こうかって、そこからいろいろなことを具体的に考えるようになったんです」
――曲順も、3・11を受けて変えたりしたところとかあったんですか?
「いや、曲順はできる寸前まで決めませんから。始めから曲順決めて作ってる人なんて誰もいませんよ(笑)。ただ、曲数を多くしたくなかった。もう1曲あったんですけど、それを入れると60分を超えてしまうんでやめました。集中力を保っていただくために、なんとか60分以内に収めたかったんです」

取材・文/内本順一

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Ray Of Hope

山下達郎
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Ray Of Hope
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